会社の業績が悪化すると、真っ先にコスト削減の話が始まります。そして内部監査の人員が、その対象から外れることはありません。これはどこか特殊な会社の話ではなく、私が見てきたどの組織でも避けて通れませんでした。
このとき、内部監査の人員と体制を守るのは、内部監査部門長の交渉力ではありませんでした。監査委員会です。監査委員長が最高経営責任者に直接一言入れる——そういう場面がありました。
私が内部監査の独立性を「気高い理念」だと思わないのは、これが理由です。独立性とは、予算と体制が都合の悪いときにあっさり削られないための、きわめて現実的な担保です。
なぜ今、これが効くのか
三線モデル(IIA日本語版の公式訳は「3ラインモデル」)は、2020年にIIAが従来の「Three Lines of Defense(公式訳は「3つのディフェンスライン」)」を改訂した枠組みです。守り一辺倒ではなく、組織目標の達成・価値創造まで支えるものとして位置づけ直されました。6つある原則の最後、原則6も「価値の創造と保全」です。
ここで押さえておきたいのは、これが「線を三つに色分けする組織図」の話ではない、ということです。原文は脚注でわざわざ、「ライン」は構造的な要素を表すものではなく役割の区別に役立つので用いているだけであり、第1・第2・第3という番号付けは業務の順序を意味するものと解釈すべきではない、むしろすべての役割は同時に行われる、と断っています。
要は、統治機関に届く保証情報の品質を、誰がどう担保するのかという設計の話です。登場するのは、統治機関、第1ラインと第2ラインの役割を担う経営管理者、独立した第3ラインである内部監査、そして外部のアシュアランス提供者。この四者の関係の中で、会社内で品質を担保する最後の砦が内部監査です。原文も、内部監査は経営管理者から独立しているため、内部監査が提供するアシュアランスは報告経路に関係なく第1ラインや第2ラインが統治機関に提供できるものを超える最高の客観性と信頼がある、と書いています。
独立性が失われれば、この一文の前提が崩れます。崩れた瞬間、内部監査の報告は「執行の自己申告」と同じ重みしか持たなくなる。だから独立性は、守るに値するのです。
独立性を「実務でどう守るか」
理念として独立性を唱えるだけでは、冒頭のようなコスト削減の一言で足元が崩れます。ここで効いてくるのが原則5「第3ラインの独立性」です。
内部監査の独立性は、統治機関に対するアカウンタビリティ、内部監査業務の遂行上必要な人員、資源およびデータへの自由なアクセス、ならびに監査業務を計画し実施する上で偏見や干渉がないことによって確立される。
私が「独立性は予算と体制の担保だ」と言うのは、精神論ではありません。原文は、統治機関に求められることとして監査計画の承認と資源の提供を名指しで挙げています。
内部監査部門長(CAE)の任免を含め、独立した内部監査機能の設置を確実にすること。CAEの第一義的な報告先となること。監査計画を承認して資源を提供すること。CAEから報告を受けて検討すること。経営管理者の同席なく会合を持つことを含め、CAEが統治機関と自由に接触できるようにすること。
冒頭の話は、まさにこの一文が現実に効いた場面でした。「資源を提供すること」は、紙の上では統治機関の責任の一項目にすぎません。しかし人員削減の圧力が実際にかかっているとき、それは委員長が経営トップに直接ものを言うという、きわめて具体的な行動として現れます。内部監査の人事と予算を誰が握るかは、独立性の付随論点ではなく本体です。
そのうえで私が大事にしているのは、次の3点です。
- レポートラインを執行から切り離す:内部監査が日常の指揮命令ではなく、統治機関(取締役会・監査委員会)に第一義的に報告できる線を持つ。予算と人事の決定権を、監査対象である執行側に握らせない。原文も、CAEが業務運営上は上層部の経営管理者に直属する場合があることを認めたうえで、第一義的な報告先は統治機関だと切り分けています。
- クロスファンクショナルな問題を名指しできる立場を保つ:第1ラインと第2ラインの間に落ちる問題は、部門の利害が絡んで誰も指摘したがりません。ここを指摘できるのは、経営管理者から独立した第3ラインだけです。原文が「第3ラインの役割の決定的な特徴は、経営管理者からの独立性である」と書くとおり、独立していることそのものが機能の条件になっています。
- 兼務のときこそ、独立性の限界を認める:内部監査の責任者が第2ラインの役割も担う場面があります。原文はこれを想定したうえで、はっきりこう書いています。
例えば、一部の組織体では、CAEは、法令遵守やERMのような、内部監査と類似の能力を活用する業務について、追加で意思決定責任を負うよう求められている。このような状況では、内部監査はこれらの業務やその結果から独立していないため、統治機関がそれらの分野に関する独立にして客観的なアシュアランスと助言を求める場合は、適格な第三者が提供する必要がある。
ここは実務で誤解されやすいところだと思います。兼務していても報告経路を工夫すれば独立性が保てる、という話ではありません。兼務した領域については独立していないと認めたうえで、その領域の保証は外に出す——それが原文の答えです。厳しいですが、筋は通っています。
現場への問い
- あなたの内部監査部門の予算と人員は、業績が悪化したときに、監査対象である執行側の一存で削れる構造になっていませんか。
- その削減圧力がかかったとき、監査委員会は「監査計画を承認して資源を提供する」という自らの責任として、動ける状態にありますか。
- 監査責任者が第2ラインを兼ねているとき、その領域の保証を「適格な第三者」に出す判断ができていますか。
私はこう考える
独立性は、内部監査人のプライドの問題ではありません。業績が悪化した局面でも、予算と体制が理由もなく削られないその現実的な担保です。
そしてそれを守るのは、内部監査部門長の頑張りではありません。統治機関が自らの責任を果たすかどうかです。監査委員長が経営トップに一言入れられる関係が社内にあるか。部門をまたいだ構造のねじれを指摘できる組織を、コスト削減の局面でも残しておけるか。それ自体が、会社が自分で自分を正す力を持ち続けられるかの分かれ目だと、私は考えています。3ラインモデルは、その当たり前を、統治機関の責任という具体的な言葉で書き下してくれたのだと思います。
今回は以上です。
出典:内部監査人協会(IIA)『ⅠⅠAの3ラインモデル 3つのディフェンスラインの改訂』2020年7月(日本語版・日本内部監査協会サイト掲載)
https://www.iiajapan.com/leg/pdf/data/iia/2020.07_1_Three-Lines-Model-Updated-Japanese.pdf
