気づいた人はいた――会計不正の予兆が上がってこない本当の理由

目次

記事全体のサマリー

本文に入る前に、この記事の全体像を1枚にまとめました。先に見取り図をつかんでから読み進めていただければと思います。

記事全体のサマリー

同じ夏に、2つの文書が同じことを言いました。

1つは、日本監査役協会が7月28日に公表した報告書です。直近の会計不正5事案を並べ、そのすべてで内部監査部門の牽制機能不全が名指しされていました。

もう1つは、8月25日の東京証券取引所の決定です。ある上場企業の改善計画が「改善が見込まれる水準に達していない」と判断され、上場廃止が決まりました。

前者は「不正の前」の話、後者は「不正の後」の話です。それでも、壊れている場所は同じでした。

なぜ今、これが避けられないのか

内部監査が不正を見つけられなかった、という話は珍しくありません。ただ、この報告書の書き方は少し違いました。

問題として挙げられているのは、監査の技術ではありません。

ニデックの事案で、原因の2番目に置かれているのはこれです。

創業者に経営権限、特に人事権が過度に集中していたことによる過度な業績プレッシャーと問題の先送り

日本監査役協会『監査役等による会計不正への対応』(2026年7月28日)

そして3番目が、こう続きます。

業績プレッシャーが会計不正の原因と認識しながら問題に切り込むことを回避したことによる経理部門、内部監査部門及びコンプライアンス部門の牽制機能不全

同上

「認識しながら」と書かれています。気づいていなかったのではありません。気づいた上で、切り込まなかった。

イーエムネットジャパンの事案では、原因が7つ挙げられ、その最後がこれです。

元CFOに対して意見を言えない・言わない組織風土

同上

検知の技術をいくら高度化しても、この行には届きません。

予兆は「見つからない」のではなく、「上がってこない」

報告書を読んでいて、いちばん実務に効くと思ったのはここでした。

内部監査部門による指摘事項や発見事項が適切に経営陣だけでなく監査役等のガバナンス機関に共有されているか、独立性が確保されているかという点も、不正の予兆として察知できる部分となりえる。

同上

つまり、内部監査の報告経路そのものが観測点だということです。

何を見つけたかではなく、見つけたものがどこまで届いているか。経営陣で止まっているなら、それ自体が予兆になります。

同じ発想は、会計監査人への対応にも当てはめられています。報告書は、こういう状況を挙げています。

  • 売上の存在を裏付ける外部証憑を会計監査人に提供しない
  • 取引の当事者に直接質問することを「現場は忙しい」等の理由を付けて拒否する
  • 必要なデータを、権限がない等の理由で提供しない
  • 内部監査部門による監査結果報告書の提供を拒否する

最後の1行は、内部監査にとって他人事ではありません。自部門の報告書が外に出ることを誰かが渋っているなら、それは調整ごとではなく予兆です。

「元凶を残した改善計画」は、取引所には通用しなかった

不正が起きた後についても、同じ月に実例が出ました。

東証は8月25日、Abalance株式会社の株式について上場廃止を決定し、整理銘柄に指定しました(上場廃止日は2026年9月26日、根拠は有価証券上場規程第601条第1項第9号b)。

会社は7月31日に改善計画を開示しています。計画が無かったわけではありません。それでも認められませんでした。理由の書き方が、非常に踏み込んでいます。

同社の改善計画の内容は、…元代表取締役会長兼CEOに対する忖度と萎縮による役職員の思考停止の原因を温存するものであり、内部管理体制等の改善が見込まれる水準に達するものとはいえないこと

東京証券取引所「上場廃止等の決定:Abalance(株)」(2026年8月25日)

「忖度と萎縮による役職員の思考停止」——取引所がこの言葉を使っています。そして会社側は、権限が集中した体制からの脱却も、そのための会社分割等の措置も行わない意思を明確に表明し、当該人物が取締役として在任し続けることを開示していました。

施策が足りなかったのではありません。人が残ったことが理由です。

では、どうするのか

報告書は、ここで精神論に逃げていません。イーエムネットジャパンの事案への提言として、こう書いています。

内部監査室は業務執行ラインに組み込まれ、元CFOの影響を受けるなど独立性が十分でなかったため、監査機能を十分に発揮できていなかった。…役員不正リスク発生時には内部監査室を業務執行ラインから切り離し、監査等委員会の指示の下で監査を行う仕組みの導入も検討すべきである。

日本監査役協会『監査役等による会計不正への対応』(2026年7月28日)

平時のレポートラインを変えるのは、簡単ではありません。しかし「役員不正リスクが発生したときには切り離す」というルールを、平時のうちに決めておくことはできます。

これは、有事に人事権の所在を一時的に動かす仕掛けです。起きてから決めようとすれば、決める人がその渦中にいます。

現場への問い

  • あなたの部門が今期出した指摘のうち、監査委員会や監査役等に直接届いたものは何件ありますか。
  • 「これは上げるほどの話ではない」と誰かが判断した案件が、今期ありましたか。
  • 役員が関与する不正の疑いが出たとき誰の指示で監査を進めるのか文書で決まっていますか。決まっていないなら、そのとき指示を出すのは誰になりますか。

私はこう考える

以前、ある上場企業で、会計不正が公表された後の内部監査体制の立ち上げに関わりました。

私が入ったのは問題が明らかになった後で、不正そのものを見たわけではありません。

それでも、後始末の中でいちばん強く感じたのは、これでした。

気づいた人はたくさんいた。ただ、上げられなかった。

なぜ上げられなかったのか。具体的な出来事として挙げられるものが、私にあるわけではありません。ただ、そこにあったのは、もっと単純なことだったと思います。こわいのです。経営者が、あるいはその場の空気が。

「統制環境」は、内部統制の構成要素の中でいちばん抽象的に聞こえる言葉です。しかし現場でそれが何かといえば、声を上げようとした人が感じる怖さの総量だと思います。東証がAbalanceの改善計画を認めなかった理由に、「忖度と萎縮」という言葉がありました。萎縮とは、要するにその怖さのことです。

そして統制環境は、規程を1つ足しても変わりません。変わるのは、誰が誰を評価するかが変わったときだけです。

Abalanceの改善計画が認められなかった理由と、監査役協会が5事案で名指しした「牽制機能不全」は、私にはつながって見えます。不正の前も後も、壊れているのは同じ場所です。監査手法を高度化しても、そこには届きません。

今回は以上です。


出典

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次