今年度の監査計画に、AIをテーマにした監査が入りました。
私は、計画をレビューする側として、いま見ている最中です。
そして、レビューしながら手が止まりました。
何を根拠に、この計画の良し悪しを言えばいいのかが分からなかったからです。
具体的には、こういうところで引っかかりました。
- IT監査の延長として見る方向で組まれているが、それで足りるのか確信が持てない
- どこまで深く見るのか。AIの出力の妥当性まで検証するとしたら、それは現実的なのか
- 会社の動きが日々変わる。計画を書いた時点の状況が、着手する頃には古くなっている
正直に書くと、この3つはレビューの場では論点として出せませんでした。違和感はあるのに、何がどう足りないのかを言葉にできなかったからです。
その後にCOSOのガイダンスを読んで、自分に足りなかったものが分かりました。今回は、そこで得た物差しのほうを整理します。
なぜ今、これが避けられないのか
AIはもう、実験や一部門の話ではなくなりました。決算業務の照合、連結、予測、開示文書の作成――財務報告のプロセスそのものに入り込んでいます。
そうなると、これは「新しいツールを1つ導入した」話ではなく、財務報告に係る内部統制の変更として扱わざるを得ません。監査委員会がその変更を把握していなければ、誰も気づかないまま統制の前提が変わっていることになります。
これは私の見立てだけではありません。
PwCが2026年8月に公表した取締役会向けの文書は、監査委員会が見るべき領域として「財務報告・監査計画・コンプライアンスにおけるAI利用に伴うリスクと機会」(原文:the use of AI in financial reporting, audit plans, and compliance)を明示的に挙げています。AIは、すでに監査委員会のアジェンダに載る話になっています。
つまり、内部監査が「まだ様子見でいい」と言える段階を、すでに過ぎています。
COSOの切り口は「どのAIを見るか」ではなかった
COSOが『Achieving Effective Internal Control Over Generative AI (GenAI)』を公表しました。内部統制のフレームワークをAIガバナンスへ正式に拡張した、初の公表物です。COSOの構成団体にはIIAも入っています。
読んで、自分がどこを見ていなかったのかが分かりました。
私は「どのAIが対象に入っているか」で計画を見ていました。COSOが示しているのは、AIが「何をしているか」で切る軸です。
一般的なAIガバナンスの枠組みと違い、我々はGenAIの用途を8つの能力(capability)の類型に整理する。それぞれに固有の統制要件があり、データから意思決定に至るライフサイクルのどこにあるかで、GenAIのリスクの現れ方が違うことを踏まえている。
COSO『Achieving Effective Internal Control Over Generative AI (GenAI)』(訳は筆者)
8つの類型は、原文ではこう並んでいます。
- ingestion(取り込み)/transformation(変換)/posting(記帳)/orchestration(連携・自動実行)
- judgment(判断)/monitoring(監視)/knowledge retrieval(知識検索)/human-AI interaction(人とAIの対話)
日本語版は出ていないため、訳語は私のものです。
同じ「AIツール」でも、記帳しているのか、判断しているのか、ただ検索しているのかで、必要な統制が違う。システム単位で並べて、IT統制のチェックリストを当てる――という見方では、この差が出ません。
「出力の妥当性」を、COSOは監査人に求めていない
2つ目の引っかかりについては、読んで拍子抜けしました。COSOは、監査人が出力の正しさを検証せよとは言っていません。
代わりに、こういう例を挙げています。
依拠の例:AIが仕訳と証憑を自動的に突合し、経営者がAIの出力だけを見て記帳を承認している。
同上(訳は筆者)
そして、こう書いています。
事業・法務・規制など影響の大きい領域では、GenAIによる「補助」と、権威ある「意思決定」とを分離することが、過度の依拠や職業的判断の欠如を防ぐ。
同上(訳は筆者)
読み取れるのは、問いが「AIの答えは正しいか」ではなく、「AIが判断しているのか、補助しているのか」に置かれているということです。
判断しているなら、それは統制の一部になります。人が最終的に判断しているなら、その人が何を見て判断しているのかを確かめる。AIの出力しか見ていないなら、実質的には判断していないことになります。
この形なら、AIの中身が分からなくても監査の設計はできます。誰が、何に基づいて、どこまで責任を持って判断しているのか――内部監査が昔から見てきたものと、そう遠くありません。
「日々変わる」は、リスクとして名指しされている
3つ目が、いちばん見方の変わったところです。
COSOはGenAIのリスクをこう並べています。
ハルシネーション、バイアス、プロンプトインジェクション、データ漏えい、モデルドリフト、そして急速な構成変更。
同上(訳は筆者)
「急速な構成変更」が、リスクとして名指しされています。
私は「変化が速くて把握できない」を監査する側の困りごととして捉えていました。この並びを見る限り、変わったことを会社が把握・承認できていないなら、それは変更管理の論点として扱えます。
とくにSaaSに組み込まれたAIは、ベンダー側で更新され、社内の誰の承認も経ずに、昨日と違う挙動になり得ます。そう考えると、確認したいことは3点に絞れます。
- 契約にモデル変更の通知義務があるか
- その通知を受け取る担当が社内で決まっているか
- 通知が来たときに再検証する手順があるか
「追えない」は書けませんが、「追う仕組みが無い」なら書けます。
現場への問い
- 手元のAI監査の計画は、「どのシステムを見るか」で対象が決まっていませんか。そのAIがデータから判断までのどこにいるかで切ると、必要な統制が変わります。
- AIの出力に「一応目を通しています」と言われたとき、その人が根拠資料まで戻っているのか、出力だけを見ているのかを確かめる手続きが入っていますか。
- 使っているAIが先月と同じ動きをする保証は、どこにありますか。契約書に書いてありますか。
私はこう考える
レビューの場で違和感を言葉にできなかったとき、私はそれをAIの知識が足りないせいだと思っていました。
COSOを読んだ限りでは、そうではなさそうです。足りなかったのは知識ではなく、AIを切り分ける物差しのほうでした。「どのAIか」ではなく「そのAIが何をしているか」で見る、という一点です。
ただし、この物差しを自社の計画にどう当てるかは、まだ答えが出ていません。監査ユニバースに独立したテーマとして立てるのか、既存の監査プログラムにAIの確認項目として足すのか。新しく立てれば毎年の工数が増えますし、既存に足せば埋もれます。いま、そこを考えている最中です。
次回は、この物差しを実際の計画に当ててみた結果を書きます。
今回は以上です。
出典
- COSO『Achieving Effective Internal Control Over Generative AI (GenAI)』Copyright © 2026
https://www.coso.org/generative-ai - PwC『Board oversight of AI transformation』Governance Insights Center、2026年8月
https://www.pwc.com/us/en/services/governance-insights-center/library/assets/pwc-board-oversight-of-ai-transformation.pdf

